胸郭出口症候群(TOS)
上肢や肩の運動、感覚に関与する神経や動脈が頚部から胸部にかけて障害を受け、症状として肩・腕・手のしびれや痛み、違和感が出現する病態です。
なで肩の女性に多いとされていますが、筋肉を鍛えた男性にも発症します。
肩を挙上するような動作と因果関係があるという報告が多く、スポーツではバレーボールのセッター、野球、バトミントン、テニス選手などに生じることが多いようです。
頚肋
胎生期に下位頚椎から出ている肋骨の遺残で胸郭出口症候群の原因になり得ます。
(通常、肋骨は胸椎から存在しますが、頚肋では下位頚椎にも肋骨様組織が存在します。)
頚肋とは
頚肋は胎生期の下位頚椎から出ている肋骨の遺残したもので胸郭出口症候群の原因の1つとして重要です。
上肢やその付け根の上肢帯の運動や間隔を支配する腕神経叢は、通常頚髄から出てくる、第5~8頚神経と第1胸神経から形成されますが、頚肋のある症例では第4~8頚神経根から形成されることが多いです。
第7頚椎から出てくる肋骨の大きさはさまざまで、完全な肋骨で胸骨と関節を形成するものから、小さくて第7頚椎の横突起からわずかに飛び出た痕跡的なものまであります。
途中で終わっている肋骨の先端からは索状の線維性組織が前方に伸びて第1肋骨の前斜角筋が停止する付近に付着します。
したがって、胸郭の中から出て上肢へ行く鎖骨下動脈は第1肋骨よりさらに高い頚肋あるいはそこから伸びてくる索状物を乗り越える必要があり、腕神経叢の下位の第8頚神経、第1胸神経からなる下神経幹も押し上げられて、その上にある鎖骨との間で圧迫されます。
この鎖骨下動脈と腕神経叢の圧迫によって上肢への血流障害と神経障害を生じます。
治療は下記を参照してください。
原因
解剖的要因(素因)
上肢や肩甲帯の運動・感覚を支配する腕神経叢と上肢に血流を届ける鎖骨下動脈は、頚部では前斜角筋と中斜角筋の間、鎖骨レベルでは鎖骨と第1肋骨の間の肋鎖間隙、胸部では小胸筋の肩甲骨烏口突起停止部の後方を走行し、上肢を支配しています。
腕神経叢は、通常、脊髄から分枝した第5~8頚神経と第1胸神経から形成されます。
それぞれの場所で腕神経叢と鎖骨下動脈は圧迫(絞扼)、牽引される可能性があります。
- ①前斜角筋と中斜角筋の間のトンネルが狭いことによる障害(斜角筋症候群)
- ②鎖骨と第1肋骨の間の肋鎖間隙が狭いことによる障害(肋鎖症候群)
- ③小胸筋の肩甲骨烏口突起停止部の後方での障害(小胸筋症候群(過外転症候群))
- ④その他、異常な線維による神経・血管の圧迫による障害
これらの病態の総称が、胸郭出口症候群(TOS)です。
胸郭出口症候群症状の原因となる動作、環境
- 手を挙げて行う動作を繰り返している(吊り革、洗濯干し、洗髪など)
- 重いものをよく持つ習慣がある
- 手を高く挙げて行うスポーツ(バレーボール、野球、バスケット、バトミントン、テニス)
- 姿勢不良(なで肩など)
- 睡眠不足やストレス
症状
腕神経叢と鎖骨下動脈が圧迫(絞扼)、牽引されることによる症状が出現します。
具体的には以下のような症状がみられます。
- 上肢挙上動作で肩・肩甲骨周囲、腕の痛み、しびれ、だるさを自覚する
- 前腕尺側から小指に沿って痛み・しびれ・ピリピリ感などの感覚障害を自覚する
- 握力低下、細かい作業がしにくい(手内筋の萎縮、小指球筋の萎縮)
- 手の蒼白感(鎖骨下動脈の圧迫)
- 手のむくみ、青紫色変化(鎖骨下静脈圧迫)
- オーバーヘッドスポーツでは運動時、運動後のしびれ
このような症状は「肩こり」と自覚されることが多いようです。
診断
問診・視診
なで肩の女性、重量物を運搬する労働者、オーバーヘッドスポーツ選手で前述の症状があれば、胸郭出口症候群の可能性があり、考慮しつつ診断を進めます。
身体所見
触診
鎖骨上窩の頚椎よりに骨性の隆起を触れれば頚肋の可能性を疑います。
腕神経叢部の圧迫で上肢に放散する痛みが生じます。
しびれは尺骨側(小指側)に自覚されることが多いです。
アドソンテスト
斜角筋症候群の有無をチェックします。
上肢のしびれや痛みのある側に顔を向けて、そのまま首をそらし、深呼吸を行わせる方法です。
鎖骨下動脈の圧迫から橈骨動脈の脈が弱くなるか、触れなくなれば陽性となります。
ライトテスト
小胸筋症候群の有無をチェックします。
座位で、肩関節90度外転、90度外旋、肘関節90関節度屈曲位をとらせる方法です。
橈骨動脈の脈が弱くなるか、触れなくなれば陽性です。
ルーステスト
座位で、肩関節90度外転、90度外旋、肘関節90関節度屈曲位をとらせ、指を3分間屈伸させる方法です。
しびれ、前腕のだるさのため持続ができずに、途中で腕を下ろしてしまうようであれば陽性になります。
エデンテスト
肋鎖症候群の有無をチェックします。
座位で胸を張らせ、両肩を後下方に引かせる方法です。
橈骨動脈の脈が弱くなるか、触れなくなれば陽性となります。
画像診断
レントゲン
下位頚椎レベルで頚肋の有無をチェックします。
肋鎖間隙撮影(鎖骨軸写)で鎖骨や第1肋骨の変形による間隙の狭小化をチェックします。
CT
上肢挙上、下垂状態でCT撮影を行い、3D-CTにて肋鎖間隙を評価します。
専門施設では、血管造影を行なうことで、血管の圧迫状態を評価します。
エコー
上肢挙上することで鎖骨下動脈の血流が途絶えてしまうかをドップラーモードでチェックします。
だだし、胸郭出口症候群症状がなくても血流が途絶えることはあり、参考程度です。
前斜角筋と中斜角筋の間の距離を計測し、10mm未満の場合には同部位の狭小化と考えます。
診断上の注意
胸郭出口症候群は基本的に除外診断となります。
類似した症状を呈する疾患として、頚椎椎間板ヘルニア、変形性頚椎症、肘部管症候群、脊髄空洞症、腕神経叢腫瘍、脊髄腫瘍などがありますが、これらの疾患を除外できれば胸郭出口症候群の可能性が高くなります。
症状が痺れのみで各種誘発テストで症状が誘発されない場合には、脳梗塞などのチェックもお勧めします。(偽性末梢神経障害の可能性があるため)
セルフチェック
腕や肩の痛み、しびれがあればご相談ください。
胸郭出口症候群は肩回りや腕など広い範囲に関わる症状を引き起こします。
肩こりで悩んでいる、腕を上げると痛み、しびれがあるという場合には、整形外科を受診してみましょう。
治療
症状を引き起こす3つのタイプと治療方針
圧迫タイプ
手を挙げて行う作業が多い方、オーバーヘッドスポーツの方に多いようです。
治療はリハビリテーション、手術による除圧なども検討します。
牽引タイプ
なで肩などの不良姿勢が原因で、神経根が引っ張られることで症状が出現します。
手を挙上していないのにしびれやだるさが目立つ方は牽引の要素が強いと予想されます。
牽引タイプは、手術効果が一時的なことが多く、基本的にはリハビリテーションを行います。
混合タイプ
圧迫と牽引が混合した病態です。
最も多く、75%程度と報告されています。
治療はリハビリテーションと手術による除圧になります。
保存的治療
薬物療法
炎症を抑える消炎鎮痛剤やしびれを改善するビタミンB1、B12、筋肉の緊張をほぐす筋弛緩剤などのお薬を使用し、痛み、しびれを軽減し、疼痛が緩和するのを待つ治療です。
物理療法、理学療法(リハビリテーション)
姿勢の悪さや重いものを持つことによって症状が出ていることがありますので、正しい姿勢を心がけ(装具を使用する場合もあります)、できる限り重いものは持たないようにします。
睡眠不足やストレスとのかかわりもありますので、規則正しい生活習慣を得ることも大切です。(生活指導)
腕や肩甲帯を吊り上げる働きのある僧帽筋、肩甲挙筋などの筋力強化、ストレッチを行います。
外科的治療
胸郭出口における血管や神経の圧迫が強いという場合には、手術をお勧めする場合もあります。
筋腱の切除、肋骨の部分切除を行い、狭くなってしまった空間を拡大する治療です。
具体的には頚肋、第1肋骨切除術、斜角筋切離術、小胸筋切離術が行われます。
手術方法は様々で、内視鏡を使用したりオープンしたりする手術の報告があります。
ご希望に合わせて専門施設を紹介させていただきます。
注意
圧迫タイプは手術により顕著な症状改善がみられることが多いですが、牽引タイプの手術効果は一時的なことが多いようです。
執刀医からの説明をしっかり聞きましょう。
当院でできること
- 身体所見、レントゲン、エコー検査からの診断
- 投薬、注射、補装具を使用した保存的治療
- 専門スタッフによるリハビリテーション
- 術後の回復リハビリテーション
診断から治療、その後のリハビリまで患者さんの症状に合わせて対応しておりますので、ご相談下さい。
当院でできないこと
当院では、CT、MRIでの精査、手術加療はできません。
必要であれば専門外来に紹介させていただきます。
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